マルクス批判準備稿

1、マルクスは、その共産主義革命の構想を産業革命黎明期に打ちたてた。その時期には、資本主義体制は未だ幼少期に過ぎず、マルクスの構想は、産業革命進展後の資本主義体制の批判には不十分なものとなった。その誤りは、1848年の『共産党宣言』を1872年ドイツ語版序文によって「完全な正しさを失っていない」としたことで確定した。マルクスの見た革命的な労働者たちは手工業的生産が駆逐されていく渦中にある労働者たちであった。

2、その後の産業革命のさらなる進展は、マルクスの考えた以上に資本主義体制の強さを示すとともに、マルクス共産主義革命の主体と考えた、労働者階級を生み出した。しかし、労働者階級は、生死を賭けた闘争によって自己の生存を勝ち取るとともに、やがて「市民化」、「ブルジョア化」した。それは、早くも1850年代からイギリス労働者階級のブルジョア化を悲嘆する手紙などに示されている。

3、マルクスは晩年(1883没)、ブルジョア化した西欧プロレタリアートを認識しつつ、ロシアや東方の革命が、西欧プロレタリアートを覚醒すると期待した。しかし、市民化した「西欧プロレタリアート」は、マルクスの構想から離れて、国民国家を構成する市民としての権利の拡大を追求する。しかし、市民化された場合でも大衆が自己の存立を脅かされた時、労働者階級だけに限定されない大衆的蜂起は現実化した。20世紀は「マルクス主義の時代」であった。しかし、革命後の社会は人間解放を理想としたマルクスの想定とは概ね異なった。

4、市民化した労働者階級解放のイデオロギーは、進展する資本主義社会の現実に合致しなくなった。にもかかわらず、マルクスは、その後の青写真(未来社会像)を残してしまった。しかし、そのことを社会主義取締法下(1890撤廃)に生きていたマルクス個人の責任だけに帰すことはできない。その後のベルンシュタインの修正主義という報いられることのなかった努力には敬意を払うべきである。私たちにできることは、マルクスの理想を現実の世界に実現する、もっとも「痛みのない」戦略を追究することである。

5、それが、社会主義=民主社会主義社会民主主義の同時代的、歴史的役割。マルクス理論はその一つの道具に過ぎない。しかし、未だに人類にとって有益なツールの一つであることにかわりはない。おぞましい教条主義と無縁な天上のマルクスは喜んで、その限定を受け入れる、と私は思う。

6、マルクスの構想とは異なり、現代の社会民主主義の立場では、社会主義的価値観を実現する主体は、階級によって限定されない。労働者階級の内部にも多様な価値観が存在する。マルクスの考えた労働者階級の独裁とは、現実にはマルクスの理想とは異なる労働者階級の前衛を自称する共産党の独裁とならざるをえない。1840年代のパリで文字どおりの革命的労働者たちと交流したマルクスにとっては労働者階級の革命性は疑念の余地のないものであった。しかし、その後市民化してゆく労働者階級と相対するマルクス主義者は、改良的な労働者階級の革命化を追求することとなる。その理論化が、レーニンの外部注入論であった。それ以外に、マルクスの構想を現実化する方法はなかった。レーニンマルクスの正統な後継者であり、スターリンソ連マルクス主義の現実化の一形態にほかならない。その後の新左翼運動のマルクス主義派もその亜流に過ぎない。